2009年12月04日

クルマ

クルマで出かけてみる。
ひとりの時間はいろんなことがアタマに浮かぶ。
運転していてもアタマとカラダは使いこなせていないし、
運転だけに集中できている時間はほんの少し。
たとえば、運転に集中できる力を継続できるひとだからレーサーになれる、そういうことなのだろう。

アタマとカラダを使いこなせていない自分。ダメだな、と。
時間は戻らないのだからと、空っぽの作品の跡地に佇んでみた。


作品は設置してから撤去するまでにまつわることまでもが作品なのだ、とブナ林で教えてもらった。

あの時の作品を見ていないひと達にとっては、
なにもない空き地でしかないそこが、わたしは作品なのだと知ることができる。


だから?
わからないひとにはわからない

そういう言い合いをなるべくならしないで過ごしていきたいな。


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